一人カラオケでストレス発散をしています

私は、仕事が休みの日にたまったストレスを発散させる為に一人でカラオケに行きます。
仕事や家庭等でよくストレスをためてしまうので、適度にストレスを発散させないと仕事に支障が出る、と過去の経験で知っており、一番身近で発散させやすいのは一人カラオケです。
私の家の近くのカラオケ屋はなんと10時間も歌えて、ドリンクバー付き、それでもって価格は安いという場所で月に2回から3回の頻度で利用しています。それだけ歌えばストレス発散は出来るし、終わってから『沢山歌ってスッキリした』と快感です。
以前は仕事のストレスが辛く、休みの度にカラオケに行っていました。今はそこまでストレスを感じる事が無いので、あまり頻繁に行かなくなりました。
私が歌う曲は周りの人にあまり理解されない曲ばかりで、誰かと行くより一人で行く方が気楽で沢山歌えます。
10時間も歌い続けるのかと問われると、さすがに10時間連続で歌うのは正直きついです。なので、途中で食事をしたりして喉を休めながら歌っています。
音楽を聴いたり歌ったりするのが好きなので、カラオケに行くという事はとてもリラックス出来ます。祝日や土日に行くとやはり料金は高いのですが、基本的に平日が休みなので、お得に利用が出来、リラックスできるというまさに一石二鳥です。ただ、頻度が高いとお財布の中がさみしくなってしまいますけども(苦笑)
一人でカラオケに行くと沢山歌えるし、人に聴かれる事もなく気楽に歌えるので、休日はやはり一人カラオケに行くのが楽しみですね。デパス

小学生時代の担任と再会したこと

その先生は小学校5、6年生の時に担任を勤めてくれた女性。
よく笑い、小学生の話も面倒がらず聞いてくれる良い先生と今でも思っている。
もちろん、いたずらで済まない事があった時は本気で叱ってくれたりもしたし、その後のフォローもしてくれた。
彼女はクラス中に好かれていたし、悪し様に言う者もほとんどいなかった。
言っていた者も、いたずらを叱られた直後だったりもしたので、結局は嫌っている者はいなかったと言っても良い。

博識で、クラブ活動では民謡、民舞を教えてくれたり、野草料理を一緒に作ったり。
図書室にもよく顔を出してはお勧めの本を教えてくれたりもした。
私は他の皆と同じように彼女の事を慕っていたし、教えてくれた本で得た知識の話も喜んで聞いてくれた。
6年生に進級した時も彼女が担任になってくれないものかと思っていたところ、本当に2年続けて担任を引き受けてくれた。
あんた達のような悪ガキは私しか面倒見れないでしょ、と笑いながら言ったのを覚えている。
確かに怒られたりはしていたが、そんなに暴れていたつもりはないのだけれども。

ただ、どんなに慕っていてもずっと面倒を見てもらえる訳もなく、卒業の日が近づいてきた。
文集をどんな形で作ろうか、写真はどれを使おうか等、学年中でわいわい決めかねていたところに、彼女の異動が決まった。
もちろん、ひとつ所にいれるものではないと今なら解るが、当時の私達にとっては衝撃的過ぎた。
それまで弾んだ声で作業をしていた者達まで静かになってしまっていた。
彼女に直接残ってほしいと言いに行った者もいたが、子供の言う事で覆るはずもなく。
そんな私達を見かねたのか、彼女は私達にお願いをしてきた。
普段から小さいお願いをしてくる事はあったが、今回は真面目な顔で、私の最高の旅立ちにしてほしい、2年間一緒だったあんた達にだったらお願いできる、と。
その場で泣き出してしまう者もいたが、やっと踏ん切りがついたかのように、作業は物凄い速さで進んでいった。

卒業式当日。
皆も経験があると思うが「卒業式の練習」通りに式は進み、私達卒業生は体育館を後にした。
教室に戻った私達は、この日の為に仕込んでいたサプライズの準備を急いで行い、彼女が来るのを待った。
扉が開いた瞬間、クラッカーと手が痛くなる位の拍手で彼女を迎え入れ、今まで一緒に歌った合唱をしたり寄せ書きを渡したりと、考え付く限りの事をした。
その後はもう皆泣き腫らした目のまま在校生が作るアーチで帰路につき、2年間一緒だった彼女とも別れた。

社会人になり、他県に移り住んで3年程経った頃、彼女が私達の母校にまた赴任したと当時からの友人に聞き、休日を使って母校に足を向けた。
職員室に声をかけてみた。
もちろん全員見知らぬ人であり、私を怪訝な顔で見てくる者ばかり。
彼女の名前を伝え、当時の教え子が顔を見せに来たと伝えてほしいと言うと、今は低学年の生徒のホームルームをしている頃で、じきに戻ってくるから待っていてほしいと返事が来た。
間取りの変わらない職員室の一角に座りながら、懐かしい景色を眺めていると彼女が戻ってきた。

久々の再会を笑いながら交わした後、実は会いに来てくれたのは私だけじゃない、と教えてくれた。
当時の生徒の内、ほぼ半数が顔を見せに来てくれたと言った。
その者達の中に、彼女のような先生になりたいと言い、教育実習をこの母校で行った者もいて、すごく嬉しかったとあの頃と変わらない笑顔を見せた。
また、会いに来れなくても手紙やメールでも連絡をくれる者もおり、この学校に戻ってくるのが楽しみだった、とも教えてくれた。

折角だから、と放課後で人がいなくなった後者を一緒に見て回った。
校舎の半分は改築されており、その部分は当時の面影がなかったものの、彼女と過ごした5、6年生教室はそのまま残っていた。
懐かしい思い出話に花を咲かせ、またの再会を約束し別れた。

友人同士ならいざ知らず、担任と10年以上の時を空けて再会しに来る物好きがこんなに多いとは、なぜか私も嬉しくなった。
それだけあの2年間は特別だったのかもしれない。
今でも時折連絡を取り合うが、彼女はまた別の学校に行ってしまったらしい。
還暦を迎えたら同窓会も兼ねて盛大に祝おう、と画策している者もいると聞く。
その時の為に、また皆で合唱の練習をしてみるのも良いかもしれない、と私も当時の思い出と重ねて思うのである。女性ホルモンを増やすには?